GMPのストーリー

大切な人と歌った時間が、
音楽を届ける原点になった。

代表・音楽療法士 阿比留(林)睦美
家族との記憶から、臨床・研究、暮らしへ。
阿比留(林)睦美のプロフィール写真

歌った時間は、今も私の中に。

私が音楽療法を仕事にするまでには、家族との時間、音楽を学ぶ日々、臨床と研究、そして子育てがありました。振り返ると、その歩みは「暮らしのかたちが変わっても、人の中に残るものがある」という思いにつながっています。

大阪に生まれ、幼い頃には対馬でも暮らしました。母が仕事で忙しい中、祖父と過ごした何気ない時間や、母と歌いながら保育園へ向かった楽しさは、今も温かな記憶です。祖父が弱っていく姿や、大切な人との別れにも触れました。それでも、一緒に笑い、歌った時間まで消えてしまうわけではありません。

幼い頃の阿比留(林)睦美と家族の写真
幼い頃、家族と過ごした時間。

表現することから、音楽療法へ。

中学校では演劇部に入り、声や体で表現する楽しさを知りました。その後、声楽を学び、短期大学から4年制の学部へ編入。思い描いた道をまっすぐに進めなくても、別の道から音楽とのつながりを保ってきました。

在学中、母が勤めていた老人ホームで演奏する機会がありました。演奏後の様子について、施設の方から「いつも夜間徘徊する○○さんが、昨夜はぐっすり休まれてたよ」と聞き、音楽が人の記憶や感情、生活とどう関わるのかを、もっと学びたいと思うようになりました。それが、音楽療法との出会いでした。

音楽を学んでいた頃、ステージで歌う阿比留(林)睦美
声楽を学び、音楽で表現する楽しさにふれた頃。

学びを追いかけて、アメリカへ。

卒業後は貿易会社で働きながら英語を学び、奨学金への申請を重ねました。そしてロータリー財団の奨学金を得て、コロラド州立大学大学院へ。マイケル・タウト氏のもとで、音楽と脳、体の動き、リハビリテーションの関係を学びました。

大学院在学中には、群馬県の公益財団法人 脳血管研究所 美原記念病院で失語症に対する音楽療法の臨床研究に取り組み、その後、アメリカ・サンディエゴで、MusicWorxのBarbara Reuer氏に師事し、病院や地域のコミュニティーでインターンとして経験を積みました。さまざまな考え方を持つ音楽療法士たちと話し合い、学び合った時間でした。

音楽療法を学ぶ中での実習風景
音楽療法を学ぶ中での実習風景。

臨床から、暮らしの中の音楽へ。

帰国後は、公益財団法人 脳血管研究所 美原記念病院(群馬県)のリハビリテーション部門に勤務しました。パーキンソン病や脳卒中などの神経疾患のある方々を対象に、音楽療法の臨床と研究に携わり、多職種で一人の方を支える大切さを学びました。

その後、京都大学大学院の博士課程へ進学し、作業療法士の山根寛教授に師事しました。音楽と脳の関係を研究するとともに、当事者やご家族の会、地域での活動にも関わるようになりました。病気のある人を症状や機能だけで捉えず、その人の暮らしとともに考えたい。その思いが深まっていきました。

京都の町家では、園芸療法士、理学療法士、作業療法士らと「暮らしの中のリハビリテーション」に取り組み、地域の音楽家とミュージックカフェも行いました。同じ音楽を囲む時間は、医療の場から、日常の場へとひろがっていきました。

京都の町家で音楽を囲んで集まる人たち
京都の町家で、音楽を囲む地域の活動。

会えないときも、つながりを途切れさせない。

地域での活動を続ける中で、コロナ禍により、人と集まることが難しくなった時期がありました。その間、病気の進行が急速に進む方々を目の当たりにしました。活動を楽しみにしていた方との歌や会話、互いを気にかける時間を、どう守れるのか。直接会えなくても、その方らしく過ごせる時間を支えたいという思いが、強く残りました。

自宅から仲間の顔を見て、音楽を楽しみ、話し、笑う。移動や送迎が難しくても、人とのつながりを続けられる方法をつくりたい。この経験は、遠隔音楽療法を暮らしへ届けたいという願いにつながっています。

支える人にも、自分の人生がある。

子育てのために仕事を離れた時期、家族を大切にしたい気持ちと、仕事を通じて社会とつながっていたい気持ちの間で揺れました。役割が変わる中で、自分らしさをどう保つのか。それは、私自身の問いでもありました。

この経験は、ご本人だけでなく、支えるご家族の生活や気持ちも大切にしたいという思いにつながっています。誰かを支えることと、自分の人生を大切にすること。その両方を、諦めなくてよい形を探したいのです。

子育ての頃、子どもと過ごす阿比留(林)睦美
子育てを通じて、自分の人生と役割を見つめた時間。

離れた場所からも、つながれる。

京都大学でのパーキンソン病を対象としたオンライン音楽療法の研究に関わる中で、自宅から音楽を囲む参加のかたちに出会いました。子育てをしながら関わる私にとっても、オンラインは社会とつながる道になりました。

フェニクシーでの活動などを通じ、臨床や研究で重ねた経験を、より多くの方の暮らしへ届けたいと考えるようになりました。これまでの歩みを社会へ還元するため、2026年にグッドモーニングパーキンソン株式会社を設立しました。現在は「GMP」の名称のもと、病気や年齢、生活環境の違いを超えて音楽とのつながりをひらいていきます。

フェニクシーで音楽療法について話す阿比留(林)睦美
フェニクシーで、音楽療法について伝える。

変化を受け入れ、新しい朝を迎える。

名前の背景には、ビリー・ホリデイの「Good Morning Heartache」から受け取った思いがあります。困難を消してしまうのではなく、それとともに一日を始める。以前と同じようにできることだけを、前向きさの基準にしない。

変化した自分や家族を受け入れながら、
今できること、今感じられること、今つながれる人を大切に。

音楽で、その人らしさと、もう一度つながる。以前とまったく同じ自分に戻ることではなく、変化した今の自分の中にある力や感情に気づき、これからの暮らしにつなげていくこと。ご本人も、ご家族も孤立せず、それぞれの人生を自分らしく生き続けられるように。それが、GMPの原点です。

音楽とのつながりを、ここから。

ご本人にも、支えるご家族にも。
参加や連携について、気になることからお聞かせください。

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